文:樋口泰人
今年の爆音映画祭は爆音上映ばかりではありません。
普通の上映もやります。普通の上映、というのもへんな言い方ですが……。
とにかくやるんです、爆音上映ではない上映、それからイヴェント。
何をやるかというと、下記の通りなのですが、いずれも、音や音楽についての映画やイヴェントだったり、今回の爆音映画祭の上映作品と一緒に見て欲しい映画だったりします。
爆音上映の面白さを更に増幅させ、そして別の次元へと引き上げて、「その後」の人生をより豊かにする試み、といったら少し大げさすぎるかもしれません。
ただとにかく、ちょっと寄り道をするだけで、こんなに人生は素晴らしくなる、「効率化」なんて人生を寂しくするだけのクソでしかないとか何とか思いながら、この企画をお楽しみくださいませ。
以下、それぞれの上映やイヴェントに関する私見を書き連ねます。
『スコット・ウォーカー 30世紀の男』は『ポーラX』とともに。60年代のアイドル・シンガーだったスコット・ウォーカーは、その後ヨーロッパで大変貌を遂げ、というか、アイドルの仮面を破り、この30年間に数作というゆっくりとしたペースで、しかし一度聴いたら忘れることのできないとてつもないアルバムを発表してきました。幻聴と幻視が作り出したアルバムとも言えるかもしれません。そんな人に、レオス・カラックスが目をつけないはずはありません。まあ、これは事後ゆえに言えることでもあるのですが。
とにかくカラックスが『ポーラX』の音楽をウォーカーに依頼したのは、ある種の必然ではないでしょうか。その「必然」の秘密が、このドキュメンタリーで語られています。もちろん『ポーラX』の音楽収録時の様子も収録、『ポーラX』の前に是非。
『トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男』はアトランティック・レコードのエンジニア、トム・ダウドのドキュメンタリーです。サブタイトルはエリック・クラプトンの大ヒット曲のことですが、やはりアトランティックといえば50年代60年代の黒人音楽の宝庫。ジェームズ・ブラウン、アレサ・フランクリン、ウィルソン・ピケット、オーティス・レディングなどなどなどなどなどなど。何はともあれこのレーベルの音を聴かなければ黒人音楽は始まらない、というか、日本に住むほとんどの黒人音楽ファンは、アトランティックを入り口にしてその黒い深みへと足を踏み入れていったのではないでしょうか? そのレーベルのエンジニアのドキュメンタリーは、つまり、当時の音楽の歴史でもあり、アメリカで何が起こっていたか、世界で何が起こっていたかのドキュメンタリーでもあるんです。映画祭初日に上映される『ソウル・パワー』の後この作品を見れば、『ソウル・パワー』の背後にある世界の視界がグッと広がるはずです。
6月7日と8日に行われる
『アブラクサスの祭』完成記念2nights』は、『アブラクサスの祭』の監督である加藤直輝、脚本家の佐向大の自主製作映画を上映します。『アブラクサスの祭』に関しては、本サイトの「プログラム」ページ、それから
作品公式ページにて御確認を。
ちなみになぜ『アブラクサスの祭』なのかというと、加藤監督の作品『A Bao A Qu』を第1回の爆音映画祭で上映しただけでなく、大友良英さんが音楽を担当しているということだけではなく、実は、この映画のサントラがboidからリリースされるのです。主演・スネオヘアーの歌うレナード・コーエン「ハレルヤ」のカヴァーは一度聴いたら頭からしばらく離れなくなるような、素晴らしい歌になっているのです。発売は秋。映画の公開の直前を予定しています。
それはそれ、まず7日は、
加藤直輝監督作品『a perfect pain』。大学時代に作った初めての長編とのこと。私も未見なんですが、
映画批評家・藤井仁子氏による、こんな批評があります。「あらゆる人の身に訪れる「終わり」のただなかから、ちっぽけなDVキャメラの貧しさを通してもう一度発見される世界。そのとき、奇跡のように<映画>が息を吹きかえす」映画です。
当日は、加藤監督と『アブラクサスの祭』の音響担当・松本昇和さんを迎えてのトークつき。『アブラクサスの祭』の音楽を担当した大友良英さんが絶賛する松本さんの音作りの秘密の一端をのぞき見ることができたらと思っています。
8日は
佐向大監督作品『夜と昼』。製作は95年ですからまだDVのない時代。オリジナルは8ミリ・ビデオで作られています。すでに画質もボロボロで、各所にノイズも出ます。それだけでなく、友人たちを集めてとにかく後先考えず作ったという自主製作の王道ともいえる映画。現在の自主制作映画の完成度や画面の美しさから考えると呆れるほどの長閑さなんですが、しかし、それでもなお「これは映画だ」といえる風景と時間を、この映画は持っているのです。映画の発生の土壌のようなものがここに蠢いています。
当日は佐向大、加藤直輝、『アブラクサスの祭』のプロデューサー松田広子による鼎談つき。
そして、続く3日間は
「空族祭」。5月31日の『FURUSATO 2009』と御一緒にこちらもどうぞ。
とはいえ「空族」とは何か? を説明しないと意味不明かもしれません。
「空族」は、『国道20号線』『雲の上』の監督・富田克也、『花物語 バビロン』『かたびら街』の監督・相澤虎之介らを中心に集う映画製作集団。
詳細はこちら。「そらぞく」でも「くうぞく」でもなく、「くぞく」と読みます。映画の製作集団と言っても、その雰囲気は、アメリカの地方都市をベースに活動するヒップホップのチームのような感じに近いと、私は勝手に思っています。そのフットワークの軽さ、ダウン・トゥ・アースな視線、地方都市の荒廃した空気感、集団としてのあり方、製作から上映までを引き受けつつ次の作品に繋げていく機能とそこに潜む野心など、さまざまな共通点を見つけることが可能です。これからの映画作りと配給を考えている人にとって、彼らの映画だけではなくその製作スタンスは大きなヒントになるでしょう。
で、今回何ゆえの「空族祭」かといえば、現在、彼らの新作『サウダーヂ』が絶賛製作中だからなのです。『FURUSATO 2009』は、『サウダーヂ』の準備のために作られた映画で、「『サウダーヂ』のための長い予告編」でもあり、その資金集め、スポンサー、サポーター募集のための映画なのです。つまり、『サウダーヂ』完成のための盛り上げ企画というわけで、製作資金のための寄付大募集もしております。
当日は募金箱を用意しております。募金したからといって、公開時の招待券がもらえるとか宣伝グッズがもらえるとか、そんな特典はありません。募金してなお、入場料を支払ってその映画を見る。そこまでしたいと思えるかどうか、思えたら是非募金箱へ有り金はたいてみてください!
今回バウス2で上映する
『国道20号線』と
『雲の上』は、昨年の爆音映画祭で上映。その凶暴な音に、映画祭スタッフ全員が唖然としました。今回は爆音上映ではないのですが、やはりこれらは何度見てもテンション上がります。未見の方も、この機会に是非。
それから6月10日上映の相澤監督による
『花物語 バビロン』は、私たちが普段目にしている映画の形式を見事にぶっ壊してくれる、清々しい作品です。こんな映画を清々しいといっていいのかどうかもよく分からないのですが、とにかく見てあきれてみてください。クリント・イーストウッド監督『グラン・トリノ』に出てきたモン族の人々(主演のイーストウッドの隣家の住人)の、アメリカをはじめとする列強国からの搾取の歴史が、ケシの花とともに語られます。
そしてこれもまた、画質悪いと思います。その悪さもまた作品の一部にしてしまうだけのルーズな豊かさに溢れた作品です。
それからなんと、この映画の続編というか『バビロン2』制作進行中。その予告編の上映もあります。当日は空族のスタッフが来場し、『サウダーヂ』や『バビロン2』の話など、たぶんどこでも公開できないようなとんでもない裏話を聞くことができるはずです。
そして
『アナログばか一代』。これに関しては、チラシやこのHPの紹介文に書いたことがすべてなのですが、とにかくレコードの音の持つ広がりは、CDやデータでの音楽に慣れてしまった身体を解きほぐし、新たな身体として作り上げてくれる効能があります。そのあり方は、爆音上映の祭のバウス1で聴こえてくる音と同じ。予想されたもの予想外のもの、そのとき不意に訪れる何かなどなどを引き連れて、音を耳からではなく身体中のそこかしこから体内に注入します。
また、4日間のうちのどこかで、40年代、50年代のSP盤の鑑賞も行われるはず。これを聴くと、通常のレコードもまたへなちょこに思えるほどの分厚い音に圧倒されること間違いなし。テクノロジーの進歩と同時にいかにわれわれが音の厚さを失っていったかを実感する瞬間が、そこには訪れるはず。
4日間の詳細は、まだ湯浅学の頭の中、あるいは部屋の中のレコードの山の中にしかないのですが、4日間通しなく1日だけの来場でも、たっぷりとその音の豊かさを堪能できる催しとなっています。とにかく現在の日本の住宅環境の中では、レコードの音を爆音で聴くというようなことはほぼ不可能なのですから。一体今まで聴いていた音は何だったのかと、音楽を聞くという体験のすべてが根底から覆されることになると思います。